こちらの記事で紹介した、シルバノラッタンジ。
本日は、私物のウイスキーコードバンで作られたラッタンジのヴァンプローファーを紹介して、革靴の希少性と意匠性の一例について話そうと思います。
ラッタンジはコードバンという、馬の臀部(でんぶ、おしりのこと)から採れる革を積極的に採用するブランドです。
今回ご紹介する靴は、そのコードバンの中でも米ホーウィン社の「シェルコードバン」。
さらに、シェルコードバンの中でも希少性から廃盤となってしまった、ウイスキーカラーを使用した一足です。
そして、ラッタンジは他ブランドでは到底真似できない意匠性をヴァンプローファーに盛り込んでいます。
まさしく、究極のヴァンプローファーのひとつと言える一足です。
シルバノラッタンジ×ウイスキーコードバンのヴァンプローファーを紹介
今回、ご紹介するヴァンプローファーがこちら。
シルバノラッタンジによる、日本の閉業した高級セレクトショップ「ハイブリッジインターナショナル」の別注品です。
ヴァンプローファーは別名「コブラヴァンプ」とも呼ばれ、いずれも、
- コブラの頭のような見た目
- ビットローファーやコインローファーのような装飾がない
- Uの字にモカ縫いが施されている
といった特徴があります。
欧や米では、べネチアンローファー(venetian loafer)と呼ばれることが多いです。コールハーンなどのブランドは、この名前で販売されています。
とにかく「何もない」点が魅力の靴です。少しドレッシーで、少しカジュアル。デニムやワイドパンツ、テーラードパンツに変化を与える革靴だと思います。
革靴好きの中でコブラヴァンプの有名ブランドと言えば、何と言っても往年の「フローシャイム」でしょう。
また、昔からリーガルでも販売されており、一部のファンにとって名作として語り継がれるモデルです。
そして、このヴァンプローファーの凄い点は主に、
- 希少カラーのウイスキーコードバン
- コードバンをスキンステッチで縫い合わせている
- 縫い合わせのステッチを表に出さない「レベルソ仕立て」を採用している
- 驚異の100%ハンドメイド
の、4点にあります。
最高級の先、ウイスキーカラーのシェルコードバンについて
Image Photo by Silvano Lattanzi
ウイスキーコードバンは、馬の臀部から削り出されるコードバンの中でも、傷のない/極めて少ない個体にしか染色が許されない特別なカラーです。
「革のダイヤ」と呼ばれるコードバンの中でも、極めて希少なカラーと言えます。
ウイスキーカラーに染められる個体は、なんでも馬1万頭につき1枚あるかというレベルの希少性。そして、シェルコードバンのタンナーであるホーウィン社は供給不足を理由に、2015年頃からウイスキーカラーを廃止しています。
イタリアのロカド(ROCADO)社は現在も、このウイスキーカラーに近い「ウイスキーシェルコードバン」を供給しています。
ホーウィン社の方が荒々しくナチュラルで、ロカド社の方がカーフに近いような均一感があります。
【ちなみに】コードバンの基礎知識
コードバン(cordovan)は、馬の臀部(要するに“おしり”)に存在する、2mmほど存在する「コードバン層」を表皮から削り出した革を指します。
通説では、イスラム期におけるスペインの「コルドバ(Córdoba)」地方にて鞣されていた、山羊革に似ていることに由来していると言われます。
(ただし、確たる由来はハッキリとしていません。)
また、コードバンは、一般的な革靴に用いられる牛革などと比較して、
- 美しい光沢や、なめらかでキメ細かい質感がある
- 使い込むほど光沢が強くなる
- 牛革の約3倍の耐久性(引張強度)
が特徴です。
その輝きや耐久性から「革のダイヤ」と呼ばれており、実際に仔牛のカーフレザーなとど比べても高価な革です。
そして、コードバンは近年、度々供給難に陥っている革でもあります。
これは、皮革産業に用いられる革は「食用から採る」という掟があり、コードバンは(年々生産量が低下している)食用農耕馬から採れる革だからこそ、供給が少なくなっているという背景があります。
革靴に詳しい方は、コードバンを用いる「オールデン」の供給状況や、価格の高騰具合をよくご存知と思います。
そして、コードバンを製造するタンナーは、日本の「新喜皮革」と、米「ホーウィン社」、そして先述の伊「ロカド社」などが代表的です。
コードバンも加工方法によって若干異なるものの、オイルを多く含ませて光沢感を生み出す「シェル」コードバンは、米ホーウィン社を代表する革です。
米ホーウィン社のシェルコードバンは、流通価格もコードバンの中で最高級。
そして、そんなシェルコードバンの染め工程で生み出されるカラーは、
- ブラック
- #8(バーガンディ)
- #4(赤みのブラウン)
- #2(#4よりも明るい赤みのブラウン)
- ダークコニャック(ダークブラウン)
- アルマニャック(ブランデー、ダークコニャックよりは薄い)
- ナチュラル(無染色)
- ネイビー
- インテンスブルー(濃い青)
- グリーン
- ウルトラバイオレット
- ガーネット
- アマレット(オレンジ)
- シガー(緑っぽい茶色)
- バーボン(現行品、ウイスキーよりわずかに濃い)
- マホガニー(オールデン別注)
- ラベロ(オールデン別注)
- 各種マーブルカラー
- ウイスキー(2015年頃に廃盤)
と、私が知っているだけでも、このくらい存在します(恐らく、もっとあると思います)。
そして、コードバンのほとんどが黒か#8のいずれかです。
これは需要の高さもありますが、馬の臀部は元々の模様や小傷が目立つ部位。
だからこそ、淡色に染められる、もしくは染めて“映える”個体が少ないという事情があります。
比較的廉価なコードバンは、顔料仕上げ(要はペンキ塗り)で色を付けるものも多いです。
一方、シェルコードバンのような高級品は染料で仕上げるため、革の表情が残りやすいのです。
幻のコードバンに、スキンステッチを施す
スキンステッチとは、革の表面に縫い糸を出さずに、革の断面を縫う技法のことです(写真の甲にUの字に走っている部分)。
革の断面に沿って糸が通ることで、独特の立体感が生まれる高度なハンドメイドによる技法です。
Image Photo by 三陽山長
スキンステッチを施した革靴には、例えばエドワードグリーンの「ドーヴァー」や、三陽山長の「勘三郎」などの有名モデルがあります。
そして、シルバノラッタンジもスキンステッチを多用するブランドですが、シェルコードバンにスキンステッチを施してしまうという点が異なります。
というのも、コードバンは(牛革と異なり)縦に繊維が走る構造なので、革を薄く漉いて、すくい縫いを施すのは難しいのです。
Image Photo by THE LACOTA HOUSE
ちなみに、上記のよく見かけるオールデンのステッチは、実は革同士を縫い合わせていません。
手作業には違いないですが、コードバンを糸の力で「盛り上げている」のです。これはこれでカッコいいと思いますが!
表面にステッチが出ない「レベルソ仕立て」
レベルソ仕立て(無双縫い)とは、革の端を折り返して中で縫い合わせて仕上げる技法のこと。
要するに、革靴のアッパーやライニングにステッチが見えないようにする方法です。
こちらも「三陽山長」や「ユニオンインペリアル」などが既成靴で展開しています。
そして、このレベルソ仕立てをコードバンで行うことも、“変態的”な意匠性です。
というのも、コードバンはカーフなどと比べ、引張強度は高いものの切れやすい革です。
だからこそ、製造時に「伸ばすこと」には向いていない筈なのです。
ラッタンジも、レベルソ仕立てを用いた靴が多いです。しかし、コードバンをスキンステッチで縫い合わせ、さらに、表面にステッチを出さない「レベルソ仕立て」という無茶苦茶ぶり。
ここまでやる既成靴ブランドは、恐らくシルバノラッタンジしかありません。
驚異の100%ハンドメイドによる「手作り感」
Image Photo by Silvano Lattanzi
そして、シルバノラッタンジの魅力として、やはりフルハンドメイドによる「手作り感」。
ファッションの世界は、言いようのない情緒の世界でもあります。
しかし、少しワイルド感を残すホーウィン社のシェルコードバンを、少し抜け感のあるモノづくりで調和させる。これは、「イタリアのハンドメイド」の専売特許のようにも思えます。
コバインキがアッパーに付着していたり、ライニングの縫い合わせ糸がイタリアカラーであったり、圧巻の360°ハンドソーン・ウェルテッド製法による底付けであったり。
ラッタンジには「超ハンドメイド」による魅力を感じます。これはお国柄もあるでしょうし、技巧と高級感、そして伝説に支えられた情緒的価値もあります。
終わりに|コードバンの真価は「淡色」にある
今回は以上です。
ファッションとは本来、機能性やコスパを超えた世界だと思います。
それは革靴の場合、革の表情であったり、底付けの製法であったり、あるいは細かな部分のこだわりであったり。
正直、歩行性能だけでいったら(足に合っており、程よく歩きやすいこともこの靴の価値ですが)、革靴を選ぶ人はいません。
レザーソールも選びませんし、ましてやアッパーが水に弱いコードバンだなんて、「非効率」と思います。
しかし、そういった考え以上の魅力が、コードバンに、この靴に、高級な革靴全般にあると思います。
そして、コードバンがコードバンである本当の価値、特にカーフレザーと差がある部分は「淡色の表情」だと私は考えます。
カーフレザーの場合、淡色にしたい場合はどうしても、顔料主体で色付けをしなければなりません。結果として革の細かな表情を残せず、良くも悪くも「均一な商品」になってしまいます。
しかし、コードバン、それも綺麗な個体の場合、染料が革の表情を活かしてくれます。もっとも、活かせる革自体が、とてつもなく貴重なのですが!
まだらな模様であったり、陰影であったり、表面の透明感であったり。
えも言われぬその「表情」が、コードバンならではの価値を感じさせてくれます。
ちなみに、コードバンの靴の手入れ方法は、「ブラッシング」と「油分を切らさないこと」に尽きると思っています。
私は「長谷革屋」のコードバンクリームを愛用しており、履いて何年も塗り重ねた結果、購入時と比べて濃淡ある濃い色になりました。
中にはウイスキーコードバンの「色の明るさ」を維持するために、色付きのクリームで手入れをする方もいらっしゃると思います。
ただ、表情豊かな、このシルバノラッタンジのヴァンプローファーに関しては、歳月を重ねるにつれて深みを増していってほしい。
そんな風に思わせてくれるため、私は無色のクリームを重ねています。
カーフレザーと異なり、銀面層のないコードバンは、長年「保つ」革でもあります。
少しずつ、変化を楽しんでいければ良いなと思わせてくれる靴でした。
おしまい!
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