スーツがどれも同じに見えるあなたへ。本当はスーツの違いが知りたいあなたへ。
プロのファッションデザイナーが、“服の違い“を解説しました。
こんにちは、しょるです。
本日は初心者でもわかりやすい、良いスーツの見分け方。
「スーツなんて、みんな同じじゃないんですか?」と思っているそこのあなた。
「むしろ、一番差が出るのがスーツ」です。
メンズ服の中で一番、製作工程数が多いのがスーツだからです。ジャケットとパンツがあるのでパーツ数や縫製箇所も多いのですが、加えてスーツはジャストフィット感が命。人体のラインに沿わせるためにはパターンに工夫を凝らし、さらにアイロンの熱で布を立体的に曲げるため、制作に時間もコストも掛かります。
確かに廉価なスーツは驚くほどに機械生産が導入されており、ボタン付けからポケットまで一瞬で出来上がります。耐久性が求められる場所はミシン縫いで正解ですが、人体のカーブに沿って平面的な布を立体的に形作る作業は(まだ)機械の手では難しい。
しかし、コストを落とすために生産効率重視になれば、必然的にマシンでの縫製箇所が増えてしまいます。普段使いのための「良いスーツ」は高級感と耐久性を両立した生地を使用し、手縫いとミシン縫いを上手く組み合わせた仕立ての一着こそ理想的ではないでしょうか。
【ブランド】いいスーツとは?プロが違い&見分け方を解説【コスパ】
この記事のポイント
・ファッションデザイナーが、良い造りのスーツを見分けるポイントを解説
・価格帯やブランド形態が異なる6着のスーツを24,000字のボリュームで徹底比較
・スーツに関しては、ブランド力よりも造りの良さを重視すべし
極論、スーツ(テーラードジャケット&パンツ)の形状は(基本的には)どのブランドも同じです。しかし、どれも「差がない」ということではなく、ちょっとした仕様の差に対し、何も隠せるものがないということです。
特に、首周りと肩周りの差は圧倒的に違うので要注目ポイント。
比較に際して、今回は6着を選出。価格帯も(実質)1万円のものから、40万円のものまでチョイスしました。日本メーカーのものが多いですが、ブランドタイプが異なるものをピックアップ。私(181cm/69kg)に対し、サイズは48、A7、Lサイズと、大体同じくらいのものに揃っています。
撮影時のハンガーは、すべてナカタハンガーのスーツ用ハンガーw430(43cm)に統一。スーツの美しさを最大限発揮する、日本が誇る最高のハンガーです。スーツを掛けたときの美しさは、プラスチックハンガーや廉価な木製ハンガーとは一線を画します。
「激安スーツ」ブランド名非公開(定価20,900円)
まずは、某スーツ量販店の頂き物。素材はウールとポリエステルが50%ずつ。定価は上記の通りですが、実際には2着目から1万円程度で購入できます。耐久性重視のウール×ポリエステルの混紡素材、誰もが着れるように調整された量産型スーツ。
- ブランド名:非公開
- 定価:20,900円(実質1万円)
ブランド属性:量販店
表記生産国:中国製
素材:(表地)ウール50%、ポリエステル50%(裏地)ポリエステル
色/柄:グレー×ライトグレー/ストライプ
「+J」ウールテーラードジャケット&パンツ(定価29,890円)
「+J」は、デザイナーのジルサンダー氏が監修するユニクロのライン。20AWシーズンに9年ぶりの復活を果たし、話題になったNIKKE(日本毛織)のフランネルサージを使用。色柄は濃紺無地、僅かな起毛感と鈍い光沢感があります。
起毛感に加えて目付も重く、完全に冬用のセットアップです。価格はジャケットが19,900円、パンツが9,990円の合計29,890円。スーツとしては決して高価格帯ではないものの、ユニクロとしてはかなり高価。2021春夏シーズンの方がスリムなパターンになって、生地もオールシーズン向け。3万円以内に収めたいのなら良い選択肢。
- ブランド名: ユニクロ「+J」
- 定価:29,890円(上下合計)
ブランド属性:SPA(製造小売業)
表記生産国:中国製
素材:(表地)NKKE ウール100%(裏地)ポリエステル
色/柄:濃紺/無地(起毛感あり)
「ヒルトン」 シャドーストライプスーツ(定価64,900円)
ヒルトンは、「洋服の青山」が展開している最高級ライン。定価は64,900円と決して廉価ではありませんが、この価格で袖付け・襟(えり)付けをハンドメイドで行っており、高いコストパフォーマンスが魅力のスーツブランド。
ヒルトンは購入時から袖のボタンホールが開いている本切羽仕様のため、長さの調節が困難です。とはいえ、サイズ展開自体は豊富ですので、あなたに合うサイズは見つかりやすいのではないでしょうか。色柄はダークブルーのシャドーストライプで、ネイビーよりも緑っぽい青です。
- ブランド名: ヒルトン(HILTON)
- 定価:64,900円
ブランド属性:量販店
表記生産国:中国製
素材:(表地)ウール100%(裏地)ポリエステル&キュプラ
色/柄:ダークブルー/シャドーストライプ
「ブランドM(非公開)」ストライプスーツ(定価75,900円)
長らくルミネや丸井で展開されている、某デザイナーズブランドのスーツ。ブランド名は非公開にさせていただきますが、「ブランドM」とします。本来は「海外の」ブランド物ですが輸入品ではなく、いわゆるライセンスブランドという、ロイヤリティ(名前貸し)契約の下で日本企業が生産しているものです。
このブランドの場合、国内市場向けに某大手アパレルメーカーが担当しています。担当しているメーカーが展開するブランドは、ショッピングモールで展開しているファミリー向けブランドから、由緒正しきデザイナーズブランドまでさまざま。スーツの色柄は、ダークグレー×グレーのストライプ。
- ブランド名: ブランドM(非公開)
- 定価:75,900円
ブランド属性:デザイナーズブランド(ライセンス生産)
表記生産国:中国製
素材:(表地)ウール52%、ポリエステル48%(裏地)ポリエステル
色/柄:グレー/ストライプ
「リングヂャケットマイスター」184AH/172モデル(定価198,000円)
リングヂャケットマイスターは、SHOLLWORKS激推しのブランド。写真のモデルは世界最古の生地卸(マーチャント)である、ドーメル社の「スポーテックス ヴィンテージ」という生地を使用した一着。184AHは、通常のリングヂャケットの代表的な184モデルをマイスター仕様(アームホールの形状やディテールが異なる)にアップデートしたモデル。
リングヂャケットはファクトリーブランドという属性で、元々は有名ブランドのOEM生産を請け負っていた工場(ファクトリー)から出発したブランド。かつては日本初のメンズブランドであるヴァンヂャケットを担当していたり、現在もセレクトショップの最高級ラインのスーツを製作しています。
色柄は、遠目からはチャコールグレーに見えるピンヘッド。英国的なクラシカルさを感じさせ、インディゴ染めのデニムのように2色の糸で構成されています。生地の表面を間近で見ると、まるで「ピンの頭(ヘッド)」のように立ち並んでいることからこう呼ばれます。
- ブランド名:リングヂャケットマイスター(RING JACKET MEISTER)
- 定価:198,000円
ブランド属性:ファクトリーブランド
表記生産国:日本製
素材:(表地)ウール100%「ドーメル スポーテックス ヴィンテージ」(裏地)キュプラ
色/柄:チャコールグレー/ピンヘッド
「ジルサンダー(JIL SANDER)」(定価396,000円くらい)
最後にジルサンダーのスーツ。2013AWシーズンのもので、ジルサンダー本人が2011年に一旦終了した「+J」を離れ、(ラフシモンズが退任した)ジルサンダーブランドのクリエイティブディレクターに復帰した期間のものです。結局、ジルサンダー氏は一年後にブランドを離れましたが、いくつかのアイテムが手元に残っています。
生地はウール73%、モヘア27%の混紡素材。生地のブランドは非公開ですが、おそらくカノニコの「モヘアクアトロ」を使用していると思われます。色柄は黒無地。価格が「くらい」というのは、発売当時と消費税率が異なるため。本体価格360,000円(税抜)で、消費税率10%の今なら税込396,000円になります。
- ブランド名: ジルサンダー(JIL SANDER)
- 定価:396,000円(現在の消費税率に換算)
ブランド属性: デザイナーズブランド
表記生産国:イタリア製
素材:(表地)ウール73%、モヘア27%(おそらく「カノニコ モヘアクワトロ」)(裏地)キュプラ
色/柄: 黒/無地
良いスーツはこうやって見分ける!(テーラードジャケット編)
袖の前振り
まずは、袖の前振り。人の腕は前に向かって曲がりますが、さらに腕は体幹を中心に弧を描くように動きます。よって、腕を通すジャケットの袖も前に、そして内側に向かって曲がっている方が動きやすい。
全く前振りがされていないビジネス用のジャケットは、今日ほとんどありません。ただ、前振りが甘いジャケットは、ハンガーに吊るした際に袖が真横に、内側にねじれずに広がっていきます。全くされていないものは論外ですが、適切な前振りの度合いは、あなたの使用環境でも変わってきます。
確かに、前振りが強いジャケットは直立すると袖にシワが生まれます。しかし、仮にデスクに座ることの多い職種や立場の人であれば、肘が曲がっていることが多いですよね。また、立ちっぱなしの人も歩いたり動くため、総合的には(直立静止画の撮影でもしない限りは)キッチリ前振りされたものが良いと思います。
袖の前振りは、袖の長さによっては正面からだけでは分かりにくい指標。そんなときは、ハンガーで吊るした際に横から見て、肘から袖先までの部分の違いが分かりやすいと思います。
袖は2パーツで構成されますが、真横から見て袖パーツの縫い目から向かって背中側の生地がねじれて見えてきていると、前振りがちゃんとされている袖。背中側の生地が多くとられていると、肘を曲げた際に一緒に動いてくれます。
前振り自体は(少なくともスーツのテーラードジャケットには)導入必須の要素ですが、正面側と背中側で長さの違う袖パーツをピッタリと縫い合わせることから、前にねじれてくる。本当に良いジャケットはハンガーに吊るしたときは“ふよふよ”したりシワシワがありますが、人が袖を通したときに美しいフィット感を発揮します。
どの袖も、多少なりとも前振りはされています。中でも、リングヂャケットマイスターが最も袖の前振り度合いが大きく、オーダースーツのような佇まいです。続いてはジルサンダーとヒルトン。「+J」も袖の前振りには拘りがあるらしく、健闘していました。
一方、ブランドMと激安スーツは真横から見て、縫い合わせた後ろ側の袖パーツが(ほぼ)見えません。肘側の生地がほとんど余っていないので腕を曲げた際に突っ張ってしまい、動きにくいジャケットになっています。
激安スーツ | 肘部分に余裕なし |
ユニクロ「+J」 | 頑張っている |
ヒルトン | 優秀 |
ブランドM | 肘部分に余裕なし |
リングヂャケット マイスター | いせ量多い |
ジルサンダー | 優秀 |
肩甲骨の膨らみ(肩線のいせ込み、背中心のカーブ)
肩甲骨は人体の後ろ側で出っ張っており、しかも動きが大きい部分です。そのため、着心地の良いスーツのジャケットは、肩甲骨の出っ張りに対応する膨らみが必要。そして、スーツの肩甲骨の膨らみを作る主な部分が、肩線の縮縫(いせ)込みと、背中心のカーブの2点です。
肩線の縮縫(いせ)込みとは、肩部分の前後のつなぎ目である肩線を縫い合わせる際に、元々は前(胸など身体の正面)よりも後ろ(背中側)側のパーツが縫う部分の距離が長くなっているのを、いせ込みながらピッタリと縫い合わせる技術のこと。長さの違うものを縫い合わせると平面的だった布が弓なりに曲がり、立体的なシルエットが生まれます。
袖の前振り同様、肩線のいせ込みが全くされていないビジネス用ジャケットは、ほとんどありません。しかし、手間の掛け方でいせ込み量は大きく異なり、通常のジャケットなら1cm程度、本格的なオーダーメイドのスーツやリングヂャケットマイスターは2cm程度(さらに、肩前方に向かってアイロンを掛け、後述の前肩仕様にします)。
写真のブランドMと、先ほどの写真のリングヂャケットマイスターの背中部分を比べると、ハンガーに掛けた際の背中側の膨らみに差があることがお分かりいただけるでしょうか。ブランドMは薄っすらと縦シワが生まれているのに対し、リングヂャケットマイスターは、人間の肩甲骨部分に非常に深い▽を描きます。
肩甲骨や背中の丸み、背骨の湾曲に対応する背中心のカーブは、激安スーツで2cm程度、裾部分を基準に離れるようにカーブを描いていますが、リングヂャケットマイスターは約5cm離れています。当然、きつければ縫いにくいのですが肩甲骨に膨らみが生まれます。
他のジャケットは、ジルサンダーが肩のいせ量がやや多め、ヒルトン、「+J」は肩のいせ量が1cm程度。背中心のカーブはいずれも、3.5~4cmと同程度の膨らみ。あまり値段が反映されない結果となりました。
激安スーツ | いせ量少ない 背中心もカーブが浅い |
ユニクロ「+J」 | 割と優秀 |
ヒルトン | いせ量は多いが背中心は並 恰幅が良い人を意識? |
ブランドM | いせ量少ない 縦シワが汚い |
リングヂャケット マイスター | 肩線のいせ量 背中心のカーブ共に十分 |
ジルサンダー | 優秀 |
お台場仕立て
お台場仕立てとは、ジャケットの内ポケット周りを、裏地が「台場」のような形をして避けている仕様を指します。「台場」とは、江戸時代に鎖国政策を敷いていた幕府が、東京の「お台場」をはじめ全国の湾岸地域に大砲の台を設置していた場所。洋装文化が入ってきた時代背景を映していますよね。
日本では「お台場仕立て」と呼ばれますが、仕様の起源はイタリアにあると言われています。昔は、テーラードジャケットの裏地にシルク素材などが使用されていましたが、耐久性が低くて破れることも多かった。そこで、お台場仕立てのような形状にすることで、内ポケットを壊さずとも裏地の取り替えができるよう考案されました。
現在、裏地の主流となっているポリエステルやキュプラといった素材は、そこまで破れやすいものではありません。しかも、裏地の全交換をお直し屋さんに頼むと3万円前後はするので、「ジャケット本体よりも高い!」なんてことも決して珍しくない。その上、長年着ることが想定されていないデザイナーズブランドでは、あまり採用されない仕様です。
お台場仕立てに関しては、「採用されていないとジャケットとして良くない」とは言い切れません。また、イタリアで考案された仕様のため、英国スーツに採用されているものは少ないです。ヒルトンやリングヂャケットは日本メーカーですが、イタリアおよびイタリア寄りのディテールを採用しているメーカーのため、取り入れられています。
お台場仕立てにも形状が複数あって、(どれが良いとか悪いとかはあまりありませんが)ヒルトン、リングヂャケットともに剣先台場と呼ばれる形状。キートンやアットリーニといったイタリアの最高峰ブランドも、剣先台場を採用することが多いですね。
ジルサンダー、「+J」、ブランドMは、お台場仕立てが採用されておりません。一方、意外にも(?)激安スーツが角台場仕立てという、台形のものを採用しています(価格的に一番、裏地が交換される可能性が低そうですが・・・ミシンで縫い付けられているし)。
激安スーツ | 角台場 |
ユニクロ「+J」 | 採用なし |
ヒルトン | 剣先台場 |
ブランドM | 採用なし |
リングヂャケット マイスター | 剣先台場 |
ジルサンダー | 採用なし |
D管留め&閂留め
D管留めは、ポケットの両端から生地が裂けてしまわないよう、ミシンでアルファベットの“D”の形に縫って補強する仕様を指します。元々は粗悪だった既製服の耐久性を上げるために考案された使用だそうですが、今では既製服のみならずオーダーメイドでも取り入れられる実用的な仕様。
ちなみに、ポケット口端のジグザグに縫われた直線部分(Dの真っすぐの部分)は、閂(かんぬき)留めといいます。耐久性の向上という点ではこちらの方がより重要。D管留めは主に、生地が裂けないように力を分散させる役目を担っています。
実用的なスーツであれば、絶対にD管留め&閂留めはされていた方が良いです。今までの傾向とは異なり、ブランドM、ヒルトンの2着には、上下共に導入されています。一方、「+J」と激安スーツのジャケットはD管留めは導入されておらず、閂留めのみ(「+J」は、パンツのバックポケットにはD管留めも導入されています)。
リングヂャケットマイスターは、ジャケットのみにD管留め&閂留めを採用。パンツは両玉縁が細すぎるため導入されていません(これはこれで高い技術力ですが、代わり糸ループで補強されていました)。とはいえ、あまりパンツのバックポケットに物を入れて・・・というスーツでないことは確かです。
唯一、どちらも採用されていなかったのがジルサンダー。生地のモヘアクアトロはザックリとした生地でほつれやすく、端から容赦なく壊れていきます。お台場仕立ても採用されていないため、ちょっと胸ポケットに財布を入れただけでも裏地そのものがツレてしまう。耐久性に難ありポイントです(近年のモデルは閂留めされているものもあります)。
激安スーツ | 上下ともに閂留めのみ |
ユニクロ「+J」 | ジャケットは閂留めのみ パンツはD管&閂留め |
ヒルトン | 上下共にD管&閂留め 縫製も丁寧 |
ブランドM | 上下共にD管&閂留め |
リングヂャケット マイスター | ジャケットは上下共にD管&閂留め、パンツは糸ループ補強 |
ジルサンダー | D管&閂留めナシ 非常に裂けやすい |
キュプラ裏地
キュプラは「銅アンモニアレーヨン」とも呼ばれ、(より一般的な裏地素材である)ポリエステルに比べて吸放湿性に優れる素材です。1897年にドイツで発明され、独ベンベルグ社が特許を取得。日本では現在の旭化成が1928年に導入し、今では世界で唯一のキュプラ(ベンベルグ)生産メーカーになっています。
キュプラの主原料は、綿花の種子に生えている僅かな「うぶ毛」のコットンリンター。うぶ毛を酸化銅アンモニア溶液に溶かして製造することから、銅(英:copper/独:kupfer)を意味する「キュプラ(cupra)」と名付けられました。キュプラは再生繊維の一種で、土に埋めると短期間で分解されるエコ素材でもあります。
裏地用のポリエステルよりも(総じて)コストが高い上に縫い辛いため、コスト重視か否かで導入の可否が分かれます。6着の中で採用されているのが、ジルサンダー、リングヂャケットマイスター、そしてヒルトン(ただし、身頃はポリエステルとキュプラの混紡生地)。
一方、ブランドM、「+J」、激安スーツはポリエステルのみ。激安スーツや「+J」はコスト的に仕方ない価格帯ですが、「+J」は以前の中でも(2010年秋冬~2011年秋冬)はキュプラが採用されていました。
ポリエステルはコストを抑えられますが帯電性が高く、ウールとの摩擦で静電気が発生しやすいため、個人的には(もう少し高くなっても)キュプラを採用して欲しかったと思います。ブランドMも7.6万円という価格であれば、キュプラを採用して欲しかったですね。
激安スーツ | ポリエステル |
ユニクロ「+J」 | ポリエステル (2010秋冬~2011秋冬の「+J」はキュプラを使用) |
ヒルトン | 袖はキュプラ、身頃は ポリエステルとキュプラの混紡 |
ブランドM | ポリエステル |
リングヂャケット マイスター | キュプラ |
ジルサンダー | キュプラ |
ボタン素材(本水牛/本ナットなど)
ボタンの素材もコストを測る重要な指標。大半の衣類にはプラスチックボタンが採用されていますが、スーツの場合、水牛の角を削って磨かれた本水牛ボタンや、南米エクアドルに生息するタグアヤシの実を使用した本ナットボタンなどが高品質な副資材として使用されています。
また、プラスチックボタンの中でもも種類やグレードはさまざま。中には、非常にリアルな質感で他の材質と見分けにくいものもあります。見分けるコツとして、プラスチックボタンは穴をのぞき込むと、真ん中辺りに成形跡が残っている場合がほとんど。樹脂を流し込み、上下から挟むように成形しているからですね。
ヒルトンは本ナットボタンを採用。硬い上に染色性が高く、スーツと同系色に染められる点が特徴。英国式のスーツが本水牛ボタンを使用するのに対し、イタリア系のスーツは、本ナットボタンを使用する傾向があります。
価格としては本水牛の方が高価(な場合が多い)ですが、元々英国の下請けを担っていたイタリアは、違いを生み出すことで技術力の誇示と個性を創出しブランディングしてきました。先述のお台場仕立て然り、後述のバルカポケットも然りです。
ちなみに、リングヂャケットは通常レーベルが本ナットボタン、マイスターレーベルが本水牛ボタンと棲み分けています。また、ジルサンダーなどハイファッションブランドは本水牛ボタンが多い。ブランドMはプラスチックボタンですが、「+J」のものよりは分厚く高級感があります。
激安スーツ | プラスチックボタン (廉価) |
ユニクロ「+J」 | プラスチックボタン (模様入りだが廉価) |
ヒルトン | 本ナットボタン |
ブランドM | プラスチックボタン (厚地でブランドネーム刻印あり) |
リングヂャケット マイスター | 本水牛ボタン (通常レーベルは本ナットボタン) |
ジルサンダー | 本水牛ボタン (裏側にブランドネーム刻印あり) |
袖先の処理(開き見せ/本切羽)
元々、スーツの袖先は飾りボタンが付けられていましたが、飾りのままの仕様を開(あ)き見せといいます。袖の飾りボタンの起源としては、「ナポレオンが寒い地方で兵士が袖で鼻を拭かないように付けた」などという逸話が残っていますが、嘘だと思います。ナポレオン以前の男性の服装にも、袖ボタンが付いていますから。
かつて、ボタンは数や種類、豪華さで身分や階級を表す装飾的な役割が大きいものでした。スーツの普及と共に仕事によっては袖を捲(まく)る必要性を感じたため、実際にボタンが開閉する本切羽仕様が誕生しました。
先に言っておくと、確かに廉価なスーツは開き見せ仕様が多いです。しかし、上記の通りの経緯から本切羽だから絶対的に格上というわけでもありません。
今回の6ブランドの中では、ヒルトンが購入時から本切羽仕様のブランドです。ただし、購入時からボタンホールに穴が空いていると、袖丈の調節が難しくなります。サイズ展開自体は豊富ですので大体の人には合う袖丈は用意されているものの、身長や体型に比べて極端に腕が長いor短い人には向かない点は注意が必要。
一方、ブランドM、「+J」、激安スーツは開き見せ仕様で、ボタンホールも簡素なものが縫い付けられています。コストカットという理由もないわけではありませんが、実際に本切羽仕様にする際の目安になり、袖丈を調節する際に糸を解きやすくなっています。お気に入りであれば、(定価がいくらであろうと)本切羽にしてみるのも良いと思います。
リングヂャケットマイスターはアンフィニッシュドといって、購入時は袖にボタンホールもボタンも付いていません(専用の袖用のボタンは付属しています)。袖丈を調整してから開き見せor本切羽を選び、ボタンホールとボタンを付けて・・・という仕様にしているのですね。料金は掛かりますが、着る人の個性に最も合わせられられる仕様です。
ちなみに、マイスターレーベルは通常レーベルと比べて袖口がやや狭くなっているため、本切羽仕様がオススメ。本切羽にする際は、身頃のボタンホールがハンドメイドで作られているため、袖のボタンホールもハンドホールにすると雰囲気が統一されますよ。
ジルサンダーも開き見せですが、最初からメスが入ってない(本格的な)ボタンホールが付けられています。ボタンを外し、ボタンホールにメスを入れてボタンを付け直せば、そのまま本切羽仕様になります。カッターマットとミノがあれば自分でもできますが、お直し屋さんにお願いした方が確実ですよ。
激安スーツ | 開き見せ |
ユニクロ「+J」 | 開き見せ |
ヒルトン | 本切羽 (ボタンホールに穴が開けられており、袖丈の調節が困難) |
ブランドM | 開き見せ |
リングヂャケット マイスター | アンフィニッシュド (購入後、ボタンを任意の場所に付けてカスタムする) |
ジルサンダー | 開き見せ (本格的なボタンホールかがられており、メスを入れるだけで本切羽に) |
胸の「箱ポケット」の付け方
「箱ポケット」は胸にあるチーフを差す四角形のポケットを指します。箱ポケットを本体と縫い付ける作業は明らかにコスト差が出る部分で、しかも目立ちます。私自身、人のスーツを見る際にディテール面で一番最初に目が行くポイントで重視しています。
写真のブランドMおよび激安スーツは、通常のミシンでガチャガチャ縫い付けています。ステッチ感を活かしたカジュアルジャケットでもないのに、この仕様は明らかにダメ。激安スーツは激安ですので仕方ありませんが、ブランドMは7.6万円もするのにこの仕様は良くないと思います。
この問題は、ブランドMだけではありません。今の時代、“ジャパン品質”を謳う割に胸の箱ポケットにミシンステッチを叩くメーカーが多すぎます。毎期赤字ないし、依頼退職や資産売却含めた黒字を計上しながら利益を出さなければならない都合上、肝心の製品がこうなってしまうのでしょうか。
ジルサンダー、ヒルトン、「+J」は、マシンで箱ポケットの端をかがって縫い付けられています。さらに、耐久性を考慮して「+J」は糸ループ、ヒルトンは星止めというツブツブに見えるステッチを追加。ユニクロは限られたコストの中で、良く見せるプライオリティーが分かっています(労働環境問題や下請けとの契約等、度々問題にはなっていますが・・・)。
ヒルトンはさらに、バルカポケット仕様を採用(bulker=貨物船)。こちらもイタリア(系)特有のディテールで、箱ポケットが四角形ではなく、船底のように湾曲している仕様。直線よりカーブの方が縫い付けるのが難しいので、技術力を要するディテールであることは間違いありません。
リングヂャケットマイスターもバルカポケット仕様。さらに、箱ポケットの端を手作業でかがり、星止めを入れて強化。マシンメイドの方が丈夫ですが、見た目の高級感がありチーフを入れるだけであれば十分な耐久性もあります。手縫い故に、生地を裂きにくいのも良いですね。
激安スーツ | ミシンで上から叩いている |
ユニクロ「+J」 | 端をマシンかがり&糸ループ付き |
ヒルトン | 端をマシンかがり&星止め バルカポケット仕様 |
ブランドM | ミシンで上から叩いている |
リングヂャケット マイスター | 端をハンドかがり&星止め バルカポケット仕様 |
ジルサンダー | 端をマシンかがり |
裏地の手まつり
裏地は身体との摩擦を軽減させ、表地を長持ちさせるのが役割です。身体の動きに対して裏地が滑ることで、ジャケット全体を型崩れさせない仕事をしてくれる縁の下の力持ち的存在。しかし、裏地と表地がミシンでガチャ縫いで硬く縫い付けられすぎると、裏地に負荷が掛かった際に、表地までつられてダメージを受けてしまいます。
裏地はときに、表地の分もダメージを引き受けて犠牲になる必要があるため、交換も想定して表地に対して優しく縫い付けられているものが良い仕様です。しかし、手縫いだと力調節が容易ですが時間とコストが掛かるため、廉価な仕様はミシンでガチャ縫いされています。
今回ご紹介しているスーツの中で、首裏から肩、袖と身頃の裏地同士、裾に至るまで、全周囲をミシンでガチャ縫いしていたのが「+J」。裏地で特に傷みやすいのは脇部分ですが、ここがミシンでガチャ縫いされていると、負荷がかかった際に(糸の引っ張りが強すぎて)袖も身頃も破れます。最低限、脇の部分は手縫いであってほしいですね。
ブランドMも、袖と身頃の裏地同士のしかも前方のみ手まつりで縫製、残りは全てミシンでガチャ縫い。手間的には「+J」と同等ですが、全体的に「きせ(写真の動く生地の“ゆとり”)」が確保されているため、そこまで生地に負荷は掛からないと思います。ここは日本メーカーらしい、真面目な部分が出ていました。
意外と頑張っていたのが激安スーツで、袖と身頃の裏地同士が手まつりで縫製されていました。もっとも、その他はミシンでガチャ縫いな上、前身頃との見返し部分と裏地もミシンで縫い付けている(ここはピックステッチが一般的)ので、トータルコストでは「+J」よりも低いかもしれません。
ジルサンダーは身頃の裏地全体にゆとりがあり、裾がマシンでまつり縫い&袖と身頃の裏地同士が手縫い。きせはあまりなし。ヒルトンは優秀で、裾はマシンでまつり縫い&肩線部分にも「きせ」が掛かっています。
どちらのジャケットも袖先の裏地に関しては、ミシンでガチャ縫いしてありました。しかし、大きく「きせ」が掛かっていることで負荷をいなしているので、ほとんど表地に負荷は掛からないと思います。マシンメイドのジャケットとしては、いずれも合格点だと思います。
リングヂャケットマイスターは、裾だけマシンでまつり縫い、あとは全周囲手縫い。ただ、手縫いはミシンのような均一なピッチは描けないため、好みは分かれると思います。実際、日本市場ではピシッとした縫製でないとクレームが多いのですが、裏地の役割としては良い造りだと思います。
激安スーツ | 袖と身頃の裏地部分の半分は手縫い、あとはミシンでガチャ縫い |
ユニクロ「+J」 | 全周ミシンでガチャ縫い |
ヒルトン | 手縫い&マシンでまつり縫い、要所に「きせ」も掛かっている |
ブランドM | 袖と身頃の裏地部分以外ミシンでガチャ縫い、「きせ」は多い |
リングヂャケット マイスター | 裾のみマシンでまつり縫い あとは全周手縫い |
ジルサンダー | 手縫い&マシンでまつり縫い、袖先はミシンでガチャ縫い |
一枚襟と首周りのフィッティング
首周りのフィッティングは、キチンとアイロンが掛かっているかと、襟のパーツ数が1枚(一枚襟)か2枚(二枚襟)かが重要な指標です。1枚の襟パーツをアイロンで丹念に伸ばし、首に沿うように形作った上でハンドソーンで縫製することが、着心地の面において差を生みます。
今回は、写真のリングヂャケットマイスター以外のスーツは、そこまでのコストを掛けられないため全て二枚襟。一枚の襟をアイロンで丹念に伸ばしていく工程を、殺し襟といいます。十分に「殺している」襟は縫い合わせ箇所がなく、また首のカーブに沿ってフィット感も高い。写真の通り、縫い合わせていないのにカーブを描いています。
写真はジルサンダーの襟部分。ハイファッションのデザイナーズブランドだと、現行品も一枚襟のテーラードジャケットを展開しているのはエルメスやトムフォードくらいしかないと思います。ルイヴィトンもグッチもバレンシアガもドルチェ&ガッバーナもアルマーニもプラダもサンローランもダンヒルもマルジェラも、今や二枚襟ですからね。
ファクトリーブランドでも、イザイアクラスでないと一枚襟は採用されません。ラルディーニやタリアトーレ、ボリオリといったブランドは二枚襟です(デ・ペトリロは例外)。ちなみに、ビームスやシップスなどのセレクトショップ(の高級ライン)は一枚襟に拘って作っていますが、リングヂャケットがOEM生産している影響が大きいと思います。
二枚襟でも着心地が(それなりに)良いものはあります。ヒルトンは襟同士の段差がなく、また優しく縫い付けられて身頃との段差も小さいため侮れません。このレベルまで行くと既成スーツとしては合格点。
一方、襟同士や身頃と繋がる部分の段差が大きいものは、見た目にも着心地の面でも気になります。ブランドMや「+J」、激安スーツは段差が大きくなっており、首周りのフィッティングも悪い。シャツを着ていても若干重くゴワつきます。肩のフィッティングの悪さと相まって、多くの人が抱くスーツのイメージである「着心地が悪い」になります。
リングヂャケットマイスターも、モデルによって襟を「殺している」度合いは異なります。メインとなる184(AH)や253EHモデルの場合、一流のオーダースーツと比べると殺し襟の度合いは控えめ。一方、リングヂャケットの最高峰であるマイスター「206」ラインになると、物凄い吸いつきです。
激安スーツ | しかも段差が酷い |
ユニクロ「+J」 | しかも段差が酷い |
ヒルトン | ただし、ハンドによる襟付けで着心地は悪くない |
ブランドM | しかも段差が酷い |
リングヂャケット マイスター | もっと上はあるが 既製服の中では非常に良い |
ジルサンダー | 段差は綺麗になっている 既製服としては及第点 |
フルキャンバス(総毛芯)
テーラードジャケットの前面内部には、毛芯という副資材が入っています。毛芯は型崩れを防ぎ、(強さの象徴である)胸や身体を大きく見せる「骨」のような役割を担っています。毛芯には主に、写真のジャケットの裾まで毛芯が入っているフルキャンバス(総毛芯)と、ジャケットの胸下部分まで入っているハーフキャンバス(半毛芯)の2タイプがあります。
ハーフキャンバスの場合、裾までは毛芯がありません。その分、補完のために接着剤が付いた布である接着芯を、表地の裏側から貼り付けています。フルキャンバスよりもハーフキャンバス+接着芯の方が、コストを下げられるのですね。
また、近年はアンコンストラクション(非構築)なジャケット(通称:アンコンジャケット)が流行っているので、毛芯や肩パッドといった副資材も最低限にとどめているものが多い。とはいえ、表地の毛素材は熱で僅かに伸縮するため、広範囲の接着よりも毛芯が縫い付けられている方が、繊維の伸縮幅もあって型崩れしない構造になります。
毛芯は複数の素材を何層にも縫い付けて構成するため、かなりコストの掛かる副資材です。消費サイクルが早くなった現在、フルキャンバスで作られたジャケットは稀になりました。しかし、よほど軽さを重視した春夏用のスーツでもない限り、ハーフキャンバスよりはフルキャンバスの方が「上」の仕様であることは確かです。
ちなみに、オーダースーツも含めて全く接着芯を使わないテーラードジャケットは、本当にごく稀です。というのも、(一昔ならともかく)今は接着芯の性能も上がっているため、ポケット口の裏側や胸の箱ポケットの四角形部分には使った方が耐久性が上がります。摩擦で剝がれるほどの面積もないため、結局は適材適所が重要ではないでしょうか。
今回のスーツの場合、リングヂャケットマイスターが唯一フルキャンバスのジャケット。ストレッチ性を持たせた天然のウール芯をメインに、馬の尾を使用した本バス毛芯や麻芯を加えています。細かな部分も接着テープではなく、スレーキ芯という布地を縫い付けて芯地を作成してありました。
ここもデザイナーズブランドだと、今やほとんどのブランドがフルキャンバスを導入できません。ジルサンダーはジャンフランコ・ボメザドリというイタリアのファクトリーブランドがOEM生産を担っていた97年~00年代前半までは、フルキャンバスのジャケットを作っていました。
激安スーツ | 半毛芯(ウール、フェルト芯)+接着芯 |
ユニクロ「+J」 | 半毛芯(ウール、フェルト芯)+接着芯、見返し裏にボンド |
ヒルトン | 半毛芯(ウール、本バス、フェルト芯など)+接着芯 |
ブランドM | 半毛芯(ウール、フェルト芯)+接着芯 |
リングヂャケット マイスター | フル毛芯(ウール、本バス、麻芯など) |
ジルサンダー | 半毛芯(本バス、麻、フェルト芯など)+接着芯 |
手かがりボタンホール
ボタンホールには、手かがりによるハンドホールとミシンで作るマシンホールの二種類が存在します。しかし、袖付けや襟付けにはミシンには難しい「柔らかく縫う」という使命がありましたが、ハンドホールに機能的なメリットは特にありませんし、ボタンが掛けやすいというわけでもありません。
ハンドホール最大のメリットは、人が作っている“ハンドメイド感”です。デジタルの登場によって紙に新たな価値が生まれたように、それまでは当然だった(完全にはキチンとしていない不揃いさを生む)手作業に付加価値が生まれました。職人技による美しいボタンホールが作られ、技術力を誇示することもファッションの醍醐味です。
「ハンド特有の雰囲気を味わえる」というのは、難しい指標です。「自分は機械縫製のピシッとした感じが良い!」という方もいらっしゃるでしょうし、(日本市場では特に)ハンガーに掛けた際にシワひとつない「キチンとした」ものが受け入れられてきました。
こちらも今回のスーツの中でハンドホールが採用されているのは、リングヂャケットマイスターのみ。他はマシンによってかがられたボタンホールです。ハンドホールとマシンホールの違いは、裏を見ると分かりやすいと思います。ハンドホールは裏側からみると、いかにも手縫い感がありますよね。
余談ですが、ボタン付けに使用する糸は、耐久性の高いポリエステル素材のものがほとんど。しかし、フルオーダーのスーツにはボタン付け糸を、あえて太めの麻糸にするものもあります。ツレデ(糸=Threadに由来)といって、あえて素材強度がボタンホールに対して「負ける」ことでボタン付け糸が毛羽立って、ボタンホールを長持ちさせる効果があります。
激安スーツ | マシンホール |
ユニクロ「+J」 | マシンホール |
ヒルトン | マシンホール |
ブランドM | マシンホール |
リングヂャケット マイスター | ハンドホール |
ジルサンダー | マシンホール |
二枚裁ち/三枚裁ち
二枚裁ちとは、ジャケットの身頃のパーツが前身頃と後ろ身頃の二枚のみで構成されているものを指します。見分け方としては、ジャケットのポケットを通る縫い合わせが、裾まで続いているか否か。縫い合わされていなければ、身頃のサイド部分も前面と同じ一枚のパーツということになります。
二枚裁ちは、テーラードジャケットの源流的な仕様です。1920年前後くらいまで縫製技術が未熟で縫い目の耐久性が低かったため、なるべくミシンを掛けない作り方が心がけられていたそうです。縫い目がないという利点の一方、どうしても腰周りをスッキリと作れないという特徴もあります。抑揚が抑えられたテーラードコートは、今でも二枚裁ちが多いですね。
今回のスーツの中では、ジルサンダーだけが二枚裁ち。デザイナーのジルサンダー氏は二枚裁ちに拘りのあるデザイナーで、(三枚裁ちもありますが)度々見かけます。一方で、例えばラフシモンズがクリエイティブディレクターの時期は、三枚裁ちがほとんどでした。
現在のテーラードジャケットの99%は、三枚裁ちで作られています。三枚身頃は前身頃、後ろ身頃、そして細腹(サイバラ、“side body”に由来)の3パーツで構成される仕様。前と横のパーツが切り離されているので、腰周りをスリムに仕立てることが出来ます。布からパーツを切り取る際の効率を重視し、プロイセンで採用されたという説が有力だそう。
「どちらが上」というのは特にありませんが、源流的な方法を好んで二枚裁ちに拘る人もいます。二枚裁ちで美しいジャケットにするにはアイロンがけも必須ですので、贅沢な仕様であることは間違いありません。一流のテーラーも、シルエットに応じて使い分けている人が多いようです。
個人的には、前身頃と細腹の切り替えが目立ったり、腰周りが特にスリムでもないジャケットは二枚裁ちが良いと思います。「+J」に使用されている生地は厚地で、三枚裁ちだと縫い目が膨らんで目立ちます。ここはピックステッチ(手縫い風の粒々とした見た目のステッチ)で抑えるか、二枚裁ちにして欲しかった部分です。
ちなみに、2021春夏シーズンの「+J」のジャケットはメンズ・レディース共に二枚裁ちでした。腰周りの広がりを活かせるので、レディースでも活きる仕様ですね。
激安スーツ | 三枚裁ち |
ユニクロ「+J」 | 三枚裁ち |
ヒルトン | 三枚裁ち |
ブランドM | 三枚裁ち |
リングヂャケット マイスター | 三枚裁ち ピックステッチあり |
ジルサンダー | ニ枚裁ち ややカーブが不自然に |
前肩
前肩とは、主にジャケットを上から見下ろした際に、袖と身頃の繋ぐラインが「ハの字」を描いているものを指します。人間の肩は前に出るため、前に突き出せる余裕を持たせてあげると、動きやすいジャケットになってくれます。
肩線のいせ込みの続きとなりますが、いせ量が大きいと背中が膨らむだけでなく、袖と身頃を繋ぐアームホール部分が前に出てきます。さらにアイロンを首の後ろから肩先に掛けてくせとりを行うと、肩先にひとつまみの余裕が生まれます。
前肩仕様の度合いはスーツによって異なりますが、上から見たときのハの字型の開きと、ひとつまみの余裕で概ね判断できると思います。
今回のスーツの中で、前肩仕様なのが(やはり)リングヂャケットマイスター。ここは前肩仕様に命を捧げたメーカーですから、お家芸となっています。ちなみに、骨格の特徴としてアジア系に肩が前に出ている人が多いのは事実ですが、同じ人間ですのでヨーロッパ系のスーツにも前肩仕様はあります。
ジルサンダーは惜しい感じです。マシンメイド中心のジャケットですので限界は感じますが、全く意識されていないわけでもない形状。テーラーメイドライン(ジルサンダーは、テーラリングの技術が導入されたスーツやコートに“TAILOR MADE”というタグをつけている)の意地を感じました。
他のブランドは、さすがに前肩仕様の導入は難しいようです。ヒルトンはかつてリングヂャケットによる監修モデルも出しており、そちらは前肩仕様になっていました。
激安スーツ | 不採用 |
ユニクロ「+J」 | 微妙 |
ヒルトン | 微妙 |
ブランドM | 不採用 |
リングヂャケット マイスター | 一流のフルオーダーに匹敵 |
ジルサンダー | 微妙に角度が付いている |
鎌浅
鎌浅とは、ジャケットのアームホールの脇部分が通常よりも上に「突き上げている(=カマが浅い)」形状のこと。脇下から突き上げる感覚があると、腕を上げた際に(脇下の生地が引っ張られないため)動かしやすくなります。
写真の指を指している脇の後ろ部分が、特に突き上げを感じる部分です。
「+J」のアームホールと比較すると、鎌浅仕様のものは潰れた「そら豆」のような形状になっているのがお分かりいただけるでしょうか。丸い袖のアームホールと、「そら豆」のような形の身頃側同士を縫い合わせるのは、形状が違うため丁寧な縫製が求められます。
大量生産品は、なるべく縫いやすいようにパターンを設計することで生産効率を上げています。縫製工場は「この工程を○○秒で仕上げる」といったノルマがあるため、基本的に面倒な仕様は導入できません。これは廉価なブランドだろうと、ハイブランドだろうとある程度共通しています。
今回のスーツにはありませんが、最近はオーバーシルエット&ドロップドショルダーと共にアームホールも下がる(カマが深い)服が多くなりました。軽い服なら特に問題ありませんが、重量感あるアウターだと非常に腕を上げにくい。お持ちの方は試してほしいのですが、腕を上げると脇から下の布が重く感じませんか?
「今のトレンドアイテムはダメだ!」などと言いたいわけではありません。しかし、テーラードジャケットのような重量のある服がオーバーシルエットだと、重量が首や肩部分に集中します。結果として疲れるジャケットになって「スーツは着心地が悪い!」と思うようになります。
結論、スーツはジャストサイズで着た方が良いですよ。
激安スーツ | 不採用 |
ユニクロ「+J」 | 不採用 |
ヒルトン | 不採用 |
ブランドM | 不採用 |
リングヂャケット マイスター | 一流のフルオーダーに匹敵 |
ジルサンダー | 不採用 |
被せ襟
最後に被せ襟。これは、ジャケットの上襟(の表面の方)を、他のパーツを繋ぎ合わせてからハンドメイドで縫い付ける仕様です。よく梯子掛けと混同されることが多いのですが、首馴染みが更に良くなる(一流の)オーダーメイド仕様です。
今回のスーツの中で、被せ襟を行っているスーツはありません。ついに全滅しました。ちなみに、リングヂャケットマイスターは最高峰の「マイスター206」レーベルのみ、被せ襟仕様になっています(今回非登場)。
ちなみに梯子掛けとは、写真のゴージライン(上襟とラペルの縫い目)を手縫いでまつり、段差を目立たなくする仕様。こちらに関しては、通常のマイスターレーベルにも採用されています。ゴージラインの縫い目が凹んでおらず、目立たないようになっていますよね。
激安スーツ | 不採用 |
ユニクロ「+J」 | 不採用 |
ヒルトン | 不採用 |
ブランドM | 不採用 |
リングヂャケット マイスター | 不採用 |
ジルサンダー | 不採用 |
良いスーツはこうやって見分ける!(パンツ編)
パンツで重要なことは、長年使えるようなディティールが採用されていることはもちろん、既成スーツならあなたの特徴に合わせて補正しやすい準備がされていること。ボタンの素材やD管留めなど、ジャケットと共通する点はジャケット編をご参照ください。
確かに、パンツはシルエットが命です。しかし、私は巷でよく言われている「パンツのシルエットが綺麗」という言葉が好きではありません。正直、使っている本人がよく分かっていないことが、透けて見えるからです。あなたの脚の特徴にに逆らわず、穿いて動いておかしなシワの入らないパンツが、あなたを一番綺麗に見せてくれるシルエットです。
脚の長さや形状がさまざまである以上、「美しいシルエットのパンツ」は穿く人によっても異なります。
ヒップの「上がり」
パンツにとって股上の深さは非常に重要な部分。特に、人間の臀(でん)部は出っ張っており、繰り返し立ったり座ったりするため動きの大きな部分でもあります。よって、動きやすくシルエットも綺麗なパンツとは、前面から後方に掛けてカーブしながら「上がっている」必要があります。
袖の前振りと同様、直立不動であれば後ろ部分への深さはあまり必要ありません。また、後ろの股上だけが深すぎると、立った際にシワが生まれてしまうためバランスが重要です。度合いは多少異なるものの、全く後ろが上がっていないパンツは相当まずいと思っていただいて結構です。
ウエストベルトが縫い付けられているので判断がちょっと難しい部分ですが、リングヂャケットマイスターとヒルトンが優秀な部類でした。激安スーツと「+J」のパンツが少し怪しく、他の2ブランドは同程度。
激安スーツ | カーブが浅い 臀部がダボつく |
ユニクロ「+J」 | カーブが浅い 臀部がダボつく |
ヒルトン | 優秀 バランス良好 |
ブランドM | 普通 |
リングヂャケット マイスター | 優秀 バランス良好 |
ジルサンダー | 普通 |
シック(股擦れ)
シックとは、パンツの内側にある股擦れのこと。ポケットの内部などに使用されるスレーキ芯という副資材で作られていることが多く、股部分の動きに対して、摩擦や湿気でパンツが傷むのを防いでくれます。機能的にも重要で、絶対にあった方が良いパーツです。
今回のスーツの中で、シックが付けられていたものがジルサンダー、リングジャケットマイスター、ブランドM、ヒルトンの4着。一方で、「+J」と激安スーツには付属しておらず、珍しく価格帯で綺麗に分かれる結果となりました。
激安スーツ | 不採用 |
ユニクロ「+J」 | 不採用 |
ヒルトン | 採用 |
ブランドM | 採用 |
リングヂャケット マイスター | 採用 |
ジルサンダー | 採用 |
後ろ中心のVスリット
Vスリットは、パンツの後ろ中心部にあるV字状のスリットのこと。この部分にスリットが入ることで、穿き心地を良くする効果があります。というのも、座るorかがむ際にパンツの腰部分が曲がってウエストベルトが引っ張られ、突っ張る力を逃がしてくれるのですね。
パンツは耐久性が求められるウエストベルトが硬く、(ブカブカでない限りは)ツッパリ感を感じやすい。そういった不快感を軽減する効果がありつつ、さらに生地へかかる負荷も和らげてくれる、優れた機能性を持つディテールです。オーダーメイドでは一般的ですが、既製服ではたまにしか見かけない仕様。
やっぱりオーダーメイドを意識した、リングヂャケットマイスターが採用しています。
激安スーツ | 不採用 |
ユニクロ「+J」 | 不採用 |
ヒルトン | 不採用 |
ブランドM | 不採用 |
リングヂャケット マイスター | 採用 |
ジルサンダー | 不採用 |
「(S字)カーブ」シルエット
人間の脚は、地面に向かって真っすぐに伸びているわけではありません。O脚やX脚など個性もさまざまですが、いずれにしてもふくらはぎ部分には盛り上がりがありますよね。細身で真っすぐなだけのパンツだと、ふくらはぎ部分の膨らみとぶつかって、変なシワが生まれてしまいます。そのため、パンツは僅かにS字にカーブしているものが「良いパンツ」です。
パンツは主に、前面と後面の2パーツに分かれますが、平面的な布から裁断されたときはパーツは真っすぐです。S字にするためには、アイロンによる 熱可塑(そ)性(加熱すると軟化して成形しやすくなり、冷やすと再び固くなる性質)を利用し、ウールのタンパク質にクセを付けます。
熱可塑性はパンツだけでなく、ジャケットのさまざまな部分にも利用されています。
(紹介しておいて何ですが)前後を縫い合わせた後だと分かりにくい指標ではあります。写真のように寝かせ、前側をピンと張ると、通常のパンツであれば後ろ側の膝裏が浮くはずです。熱可塑性でS字に曲げられたパンツは、加えてとふくらはぎ部分も僅かに膨らみ、ひざ下前面が(人体の骨格通り)反る形状に。
S字カーブを描くようにアイロンがけすることは、特にスリムなパンツには重要な工程です。こういった少しの差が「パンツのシルエットが綺麗」を生むのであって、一概にオーバーシルエットがトレンドならワイドパンツ、細身がトレンドならスリムパンツが「シルエットが綺麗」なわけではありません。
そこまで「凝った造り」がされていないパンツを穿いて「シルエットが綺麗」だとしたら、それは単純に穿いている人のスペックが高いか、評価方法が間違っているだけです。
激安スーツ | 不採用 |
ユニクロ「+J」 | 不採用 |
ヒルトン | 不採用 |
ブランドM | 不採用 |
リングヂャケット マイスター | 採用 |
ジルサンダー | 不採用 |
サイド内側の「縫い代あまり」
最後に、パンツの内側にある縫い代の「あまり」。いわゆる「綺麗なシルエット」を実現するためには、(既製服のパンツは特に)購入後に「シルエットを弄れること」が非常に重要です。また、人間はずっと同じ体型を維持できない人がほとんどですから、1サイズ前後の調整幅があった方が長年の使用に耐えられます。
しかし、「ただ売って終わり」の服にとっては、無駄な工程でしかないとも言えます。片方だけ生地の縫い代を大きくしながら縫うことは、縫製工にとっては面倒な仕様です。生地の使用量も(僅かですが)多くなりますし、コストも掛かる。だからこそ、(ジャケットも含めて)長年の使用にも耐えられる造りのスーツだけが採用します。
ジルサンダーのようなデザイナーズブランドは、デザイナーが考える「美」とされるシルエットを提案し、消費者が合わせるブランド。コスト的な都合もありますが、そもそものアプローチが異なるため、基本的にはこういった仕様は採用されません。
また、量販店のものも、とにかく広く行きわたらせて回転させることが役目です。購入後のパーソナライズが考慮されていないのは、当然と言えるのではないでしょうか。
激安スーツ | 不採用 |
ユニクロ「+J」 | 不採用 |
ヒルトン | 不採用 |
ブランドM | 不採用 |
リングヂャケット マイスター | 採用 |
ジルサンダー | 不採用 |
まとめ|良いスーツは、基本的にハンドメイド>マシンメイドになる
いかがでしたでしょうか。
スーツは、フィット感とジャスト感がカッコいい世界です。ハンガーに吊るした状態ならいざ知らず、着たときのスーツのカッコよさとは、身体に適切にフィットしていること。また、重い衣類のため、機能面でも着心地は非常に重要です。
スーツの着心地とはブランドネームではなく、キチンとした作られ方をされているからこそ実現されるものです。デザイナーズブランドのデザイナーの私ですら、突き詰めるとそう思うようになりました。
今回の6着の比較では、スーツとしての出来はリングヂャケットマイスターが圧倒的に1位です。一流のオーダースーツの方が首周りの出来がさらに良いですし、あなたに合ったシルエットも提案してくれる。しかし、極端な体型でない限りは、専門店で補正してもらうだけでもオーダースーツのようになってくれるレベルです。
また、一目見てリングヂャケットだと分かるデザイン的な特徴も兼ね備えているので、既製服を選ぶ理由にもなります。とはいえリングヂャケットは標準~スリムな人に向けたメーカーですから、合わない人にとっては最悪のスーツブランドにだってなり得る。
いずれにせよ、既成スーツの中でお気に入りを探す際はあなたの体型に合ったブランド探しから始まります。
ヒルトンも、価格とのバランスを考慮すると優秀でした。一般的には決して廉価ではないものの、着心地とコストのバランスが取れていて、価格の価値は十分にあります。サイズ展開も幅広く、腕が短めor長めでどうしても直す必要がない限りは、購入を検討しても良いと思います。この価格でヒルトンを上回るスーツのブランドはそうありません。
見た目は全体的には標準~やや恰幅が良い人のためのブランドでもあります、スタイリッシュさを求めるのであればユニバーサルランゲージや、オーダーメイドラインのユニバーサルランゲージ「メジャーズ」も良い選択肢ではないでしょうか。
一方、ブランドMは値段相応のクオリティはないと思います。(1万円以上安い)ヒルトンに勝っていた部分が一つもありませんし、何なら「+J」に負けている部分も多い。見た目も細すぎる&着丈短過ぎて良い・・・とは個人的には思えないので、単に企業体質等の問題だけではなく、製品力においても凋落したのも頷ける気がします。
ジルサンダーに関しては、デザイナーズブランドの中ではかなり良い方には違いありません。しかし、(ジャンフランコ・ボメザドリが製造していた頃ならともかく)現行品のクオリティが高いかと言われれば微妙なところ。ご紹介したものの中でブランド力は圧倒的一位ですので、ブランドネームを優先したい人は良い選択です。
ちなみに、楽天市場の公式アウトレットショップにて、リングヂャケット(通常レーベル)のスーツが3万円台で販売されています。サイズが合って色柄が気に入るものがあれば、かなり高コスパな買い物になります。ぜひ、下記のリンクから飛んでみて下さい。
おしまい!